先日記事にしたビッグルーフ滝沢の図書館がなかなか充実していたので休憩がてら少し本を読む。

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天然生活という田舎暮らし系の雑誌。都会から田舎に移住してスローライフやってます的な本だ。天然酵母のパン屋だとかオーガニックカフェをやりながら田舎暮らしをエンジョイしてますってかんじのよくある記事。そのなかで町内会についての記事もチラホラありました。


都会から引っ越してきた初日、隣の主人が昆布を片手に突然家に入ってくる。「よろしくお願いします」と挨拶すると「お前、五人会に入るか?」と隣の主人が言ってくる。五人会とは江戸時代から続く村の最小コミュニティで普通ならよそ者は入れないのだけど、訳のわからないまま入れてもらって近所のお葬式の手伝いとかをしたりした。移住者同士だけではなく、昔から住んでいる地元の人とも交流がもてて、文化や生活の知恵を知るのがおもしろい。今は地元伝統の太鼓をならっています。


こんな感じで地元の「会」に入って昔の文化とか教えてもらってありがたいです的な記事が何個かあったんだけど、もし僕がこの移住者の立場だったら「うわ~とんでもないところに引っ越してきてしまったな!」と思うだろう。なんでよそ者は入れないコミュニティーに今日引っ越してきたばかりの見ず知らずの人間をスカウトするのか??全く意味がわからんし仮に入会を断わったりしたら間違いなく村八分ルートだろう。

文化や生活の知恵を教えてくれるそうだが、おそらく酒の席で一方的なマシンガントークを聞かされているだけだと思う。田舎者に限って知識自慢をしたがるから本当にたちが悪い。

そのマシンガントークが披露されている場所が地元伝統の太鼓の飲み会とかだろう。

まあそういった田舎特有の濃密なつながりを求めて移住してきたなら結果オーライだろうけど、ぼくはそういった面倒くさい繋がりはまっぴらゴメンだ。


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新刊コーナーに気になるタイトルの本があった。

どこまでやるか、町内会 というタイトルを見て、よくある町内会批判の本だと思ったら少しちがっていた。

前半は町内会の問題点について色々書かれています。防犯意識が高すぎて夜間の防災訓練まで行う町内会、台風で避難命令が出ているにも関わらず町内会の独断で避難しない、任意という名の強制加入、防犯という言葉を盾に畳み込んでくる町内会「町内会が電灯を設置したり、パトロールをしているおかげで秩序が保たてているんだぞ!!」

本を読んでいて本当に胸糞悪くなってきた。町内会なんてさっさと消えてなくなればいいと思う。


前半は町内会のトラブルをピックアップしていたが、後半はこのトラブルの解決策が提示されていた。この著者自身、町内会長をやって町内会の腐ったしがらみにかなり苦しんだみたいだけど、町内会長をやったお陰で周りからは一目置かれるようになったそうだ。そうなれば多少意見を言っても周りが聞く耳を持ってくれるようになるので少しずつ町内会の改善案を提示していったそうだ。

町内会の行事は必ず参加しろ!! というスタンスから、 もしよかったら参加してみませんか? というスタンスに変えていく。あくまで町内行事は任意参加ということを徹底する。仮に餅つき大会をやるとしたら参加したい人は配られた用紙の参加に○をして提出する。あとは参加する人からだけお金を集めて餅つき大会をすればいい。

町内一斉ゴミ拾いはお花見会を開催して、お花見をする前にちょちょっとみんなでゴミ拾いをすればいいそうだ。強制的にゴミ拾いをしろ!と言われればイラッときて反発したくなるけど、お花見をする名目であつまれば皆よろこんでゴミを拾う。

防犯パトロールは買い物に行くついでに防犯腕章をつけてもらえばいいそうだ。それだけで抑止力になる。


腐りきった町内会が生まれ変わっていく様子が非常に面白かったです。みんながみんなこの著者のように町内会を改革できるわけではないと思うけど、町内会に苦しんでいる人はこの本を読むだけでかなり救いになると思う。



ぼくは仏教の本、心理学の本、脳科学の本、が好きで様々な本を読んでいるけど、どの本にも嫌なことを強制的にやらせることは良くないと書かれている。

仏教の本には、強制する側、される側、どちらの心にも怒りが湧くので良くないと書かれている。

脳科学の本には、脳は嫌な体験を何倍にも増幅して記憶する性質があると書かれている。

心理学の本には、無理に嫌なことをやっても深層心理はやめる事ばかりを考えているので生産性が非常に低くなる。と書かれている

本を読んでいれば強制させることがいかに悪なのかすぐにわかるのだが、日本人の読書量は非常に少ない。だから未だに根性論を振りかざすような人間が後をたたないのだろう。文明は発達したけど心はまだまだ野蛮人がの人間本当に多い。心も文明人になるのはあと何百年かかることやら。